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T田:アルジャーノンに花束を

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初めまして。SFコミュニケーション研究会会員のTです。
今回は当研究会代表のKさんに薦めてもらった『アルジャーノンに花束を』について書こうと思います。

『アルジャーノンに花束を』は、アメリカの作家ダニエル・キイスによるSF小説です。
主人公は、パン屋で雑役として働く精神遅滞の青年チャーリー・ゴードン。彼は知能を高める脳手術を人間の実験台第一号として施された結果、IQが徐々に上昇していき天才となります。しかし、自分の前に同様の手術を受けていたアルジャーノンというネズミが異常行動をとりはじめ、知能も急激に低下し始めたことから、自分の行く末を予感、実際に元の知能や情緒をも失ってしまうお話です。

私は、この小説を読み終えたとき、これもSFなのだということにまず衝撃を受けました。自分がそれまで抱いていたイメージと全く異なっていたからです。
会員をしていながら、私は元々、SFに対して少々食わず嫌いなところがあり、ごく最近まで自ら手を伸ばすことはありませんでした。趣味の読書や映画鑑賞の中でも、何となく避けてしまいがちだったように思います。
それはおそらく、SF作品と言ってぱっと思いつくのが、『スター・ウォーズ』、『スタートレック』、『ターミネーター』、『マトリックス』など、世界観がダイナミックかつ壮大なもので、自分の嗜好とは遠かったからです。

また、宇宙やロボットやコンピュータなど、工学や科学分野のモチーフを全面に出してくるSFの世界は理系の人のものであり、完全に文系人間な自分には理解できないだろうなという先入観もありました。先ほど挙げたどの作品も面白かったのですが、やはり自分の理系的な知識や興味・関心の欠如のせいで、SF然としたSF要素の面からは十分に楽しめていないなという悔しさや後ろめたさのような感覚が残っていたのもあります。

その点、この『アルジャーノンに花束を』は、実在しない架空の脳手術とその経過報告が核となっており、チャーリーの手記という形で、彼の知能状態の変化をその文体の使い分けで表現しているところは、虚構にリアリティを持たせる演出として実にSF的手法だなぁと思うのですが、全編を通して描かれているのはむしろチャーリーの心情や成長、そして彼の周りの人々の反応であり、常に「人間」に寄り添った物語でした。

手術を受けるまでのチャーリーは、いつもにこにこ、周りの人々にからかわれていたり意地悪をされていることにも気づかず、みんなは自分の事が好きで友達だから笑いかけてくれるのだと思っていました。しかし、知能が高くなっていくうちにそうではなかったということ、残酷な真実を知るのです。そして、超天才となったとき、以前とはまた別の意味で、他者との共感ができないという孤独に陥ります。

知らないということを知らないのは幸せです。傷つかなくて済むのですから。でも本当にそうなのでしょうか?自分や自分の状況を知らないまま生きるのが幸せなことなのでしょうか?そんなことを考えさせられました。

『アルジャーノンに花束を』は、SFとは壮大な世界を提示するだけでなく、一人の人間の奥底の部分にまで踏み込めるジャンルでもあるのだということを感じさせてくれた作品でした。
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