2015年07月の記事 (1/1)

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第3回名古屋SF読書会レポート

皆様こんにちは。
SFコミュニケーション研究会特撮担当(らしい)ぽちこです。
特撮担当と言いましても知識は皆無に近く、ウルトラ怪獣シリーズのランチボックスを買うのに知識のなさからくる自信喪失と自意識により足踏みをしているくらいヌルイです。

さて、7/26(日)にウィンクあいちにて開催された第3回名古屋SF読書会についてレポートして参りたいと思います。
今回はおもちΩ、ぽちこの2人で参加しました。私は前回参加できなかったので初参加であったし、そもそも海外SF作品をほとんど読んだことがなかったのですが、そんな私でもとても話しやすい雰囲気でした。
課題本となったレイ・ブラッドベリ「華氏451度」の舞台は本を禁じられた世界。本の所持が見つかるとたちまち焼却処分されてしまう。その焼却処分をする昇火士である主人公モンターグが本によって運命を変えられてしまうと言う話。

まずは3つのグループに分かれて自由に意見交換をし、そして休憩をはさんだ後、各グループの発表へ移りました。
「華氏451度」は1953年の作品ですが現代に通じる話や風刺もあり、ブラッドベリの先見性を素晴らしいと感じた半分、読み込めば読みこむほど見えてくるプロットの甘さにツッコミの声も多々ありました。私たちの班では旧訳が読みづらいとの意見が多かったのですが、他の班ではこれは直訳に近いため忠実に表したいい訳であるという意見もあり、興味深かったです。

次回は来年になりますが、2016年1月23日(土)開催。課題本はグレッグ・イーガン『ゼンデギ』に決まりました。ハードで知られるイーガンの最新作ですが、非常に読みやすいらしいのでぜひ!

最後にSFコミュニケーション研究会主催おもちΩによる機械猟犬のイラストでお別れしましょう!

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ぽちこ
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『華氏451度』レイ・ブラッドベリー幸福のベクトルー(追記あり)

(7/27追記)

こんばんは、おもちΩです。

明日7月26日(日)に、第3回名古屋SF読書会が開催されます。課題本はレイ・ブラッドベリ『華氏451度』です。予習ついでに考えをまとめてみました。

この物語の舞台は、書物が人々の思想を煽動する“悪”とみなされる近未来・・・ファイアーマンという職業は、本を焼き尽くすことを生業とする者たちに与えられた世界です。人々は統制された生活の中で考えることを放棄し、華氏451度で焼却される本の火柱は、そんな人々にとって一種の娯楽となりました。主人公モンターグもその一人であり、ファイアーマンという仕事に誇りを持っていました。しかしある晩、好奇心旺盛で独創的な思想を持つ少女と出会ったことで、モンターグが心の奥底に秘めてきた本への関心の扉が徐々に開かれていきます。自分自身が持つ真の欲求に気付いたモンターグは、新たな幸福を求めて過酷な逃亡劇を繰り広げるのでした。

※以下、ネタばれを含む感想が続きます。

近未来ディストピアを描いた作品を手に取るのは初めてだったので、始めのうちは読み進めるのに少々手間取りました。また、登場人物の誰もが、発する言葉は抒情的であり、移ろいゆくモンターグの曖昧な思考を捉えるのは至難の業でした。そのため、終盤でモンターグが目的を持って走り続けたあたりはかなりすんなり読み進められたのですが、そこに行き付くまでにはどちらかというと苦手な作品ではありました。ただ、読み終わってからは、『華氏451度』から「幸福とは何か」という物語の側面をふと感じました。印象に残ったのは、妻ミルドレッドとの決別でしょうか。モンターグの幸福と、ミルドレッドの幸福のベクトルは別方向に向いていたということ・・・しかし彼らの幸福の在り方を決して否定していないところが、この本の魅力ではないかと、個人的には思い至りました。モンターグや英文学者が辿り着いた記憶を拠り所とする生活も、ミルドレッドを始めとする時代に適応していき深淵なる思考を放棄した人々の生活も、どちらも否定されてはいないのだなと・・・。

モンターグがしてしまったことは取り返しのつかないことではありますが、後に合流した、本を愛する人々が暴力ではなく記憶で社会に対抗する術を使ったところが非常に抒情的で美しい描き方だと感じました。また、ヌーベルバーグ映画としても知られる『華氏451度』も、あらゆる言語が重なり合い、ひとつの調和を織りなすラストシーンは、強く印象づけられる詩的な世界を創出していたと思います。


後日、明日のSF読書会のレポートとして、再度『華氏451度』について記事を上げたいと思います。ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

【追記:名古屋SF読書会を終えて】

第三回名古屋SF読書会は、初参加の方も皆勤の方も和気あいあいと、終始とても和やかで楽しい時間となりました。各班の意見交換も幅広く充実しており、笑いが起こる場面も度々ありました。

読書会を終えてからこの記事を読み返し、ふと…私、ずいぶん作品の内容が抜け落ちたまま感想を書いていたことに気付きました^^; 特に終盤、街が爆破されたことさえも記憶になく、いよいよ私の頭も反知性主義に陥ってしまったのでしょうか…笑 とりあえず、元の記事では「モンターグとミルドレット、どちらも否定されていない」なんて書いてしまってますけど、ミルドレット側は思いっきり爆破されとるやんと…ブックピープルに託されとるやんと…頭の中で木魚と鈴(りん)の音がポクポクチーンと鳴り響きました…。

そんなわけで、読書会は無事に終了しましたが、もう一度読んでおこうと思ったのでした。

おもちΩ

『泰平ヨンの未来学会議』スタニスワフ・レム のご紹介

こんばんは、おもちΩです。

またまたレムですが、この作品は『コングレス未来学会議』というタイトルで映画化を控えた、レムの泰平ヨンシリーズの一つです。名古屋では7月18日(土)に今池のシネマテークで上映が始まります。前売り券を予約すると特製ステッカーがもらえるらしい。

名古屋シネマテーク/前売り券販売のご案内


さて、泰平ヨンシリーズはレム作品の中でもかなりポップな内容と言えるかと思います。私も思わず吹き出してしまったシーンや、数行進んでからじわじわ口角が上がってくるような描写もありました。また、言葉遊びとブラックジョークを絶妙に織り混ぜた文章の羅列で、畳み掛けてくるような勢いもあります。さらに、泰平ヨンという主人公がなかなか良い男で、生真面目な性格は容易に見て取れるのですが、その真面目さが可笑しさを誘いますし、そうかと思えばストレートな力技で物事を片付けようとする突飛な一面もあって、これもまた可笑しいのです。

そんな泰平ヨンが、未来学会議の最中に絶え間なく体験する精神的トリップと、入れ替わり立ち代わり訪れる世界の大混乱を、コミカルかつ風刺的な要素も交えながら描いたのが『泰平ヨンの未来学会議』です。いくつもの仮想未来を体感し、そこからの覚醒と没入を繰り返したヨンですが、最終的に行き付いた華やかな未来の世界は、蓋を開けてみるとまさに地獄絵図・・・人口過密を迎えた人類は、おぞましい変貌を遂げていたにも関わらず、誰一人その事実に気付かないよう薬物の投与を受け続け、美しい幻覚の世界を生きていたのでした。未来の先を旅するヨンは、元いた世界に戻ってこられるのでしょうか。

こうした幻覚と現実の悪夢的な交錯を描いた作品は他にも色々あるのですが、ぶっ飛んだ内容とは裏腹に、作品世界の一角が私達の実社会にリンクするようなうそ寒さを感じる絶望感は一級品ではないでしょうか。
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