スタッフ雑記の記事 (1/1)

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「SF入門」について考える〜「SF入門」は本当に入門に役立っているのか?〜

先日、ギャラリーカフェテオのオーナーHさんに、『Hanako』という、おしゃれなカフェや流行のスイーツなどを多く取り上げた女性向け雑誌にSFの紹介コーナーがあったよと教えて頂き、気になったので購入してみました。
こちら→本とカフェ。―Hanako No,1127 試し読みと目次ー

ここにはアイドル/ライターである西田藍さんが、SFへの愛や魅力を見開きで紹介してくださっていました。そこでSF入門としておすすめの5冊に推薦されているのが、J.ティプトリー『愛はさだめ、さだめは死』、J.ヴァンダミア『全滅領域』、S.レム『ソラリス』、P.K.ディック『時は乱れて』、C.ミエヴィル『都市と都市』です。

これはHさんにご指摘頂いて私もふと感じたことなのですが、これらの作品を本当に「入門」としても良いものだろうか…?と…。上記5作品が面白い作品であることは間違いないと思いますし、個人的にはレムとディックの大ファンということもあり嬉しいのですが、この『Hanako』という雑誌の対象読者となる方々に「難しくなくて、おすすめの入門SF」と紹介するにはちょっと疑問に思ったわけです。

私自身のSF読書歴が短いのもあるのでしょうが、この入門はあまりにも「SFファンにとっての」前提ではないかと思ったのです。何しろ、5冊のうち3冊が30年以上前の作品であり、日頃現代的なストーリーやエッセイを読んでいる方からしたら、読みやすい物語とは言い難いのではないかと…。おすすめしたい気持ちは分かるんです;; だからこれらの本を入門SFとして挙げることが間違いだとは思いませんが、「SFか〜読んだことないけどちょっと読んでみようかな♪」と思ってくれた方がこれらの本を初めて手に取った時、極端に言ってしまえば「入門」のつもりで数ページ捲った途端にギブアップしてしまうのではないかと思うんですよね。まるで「これを知らずしてSFを語るべからず」と言われているような壁をSFに感じてしまうのではないかと不安になりまして…。まぁこれは少し大げさかもしれませんが、「やっぱりSFってなんだか難しい」と思われてしまいそうなセレクトではないかと思いました。というのも、私自身がこれらの作品を友人に勧めて失敗したことがあるという苦い経験もあるからなのですが…笑 ともかく、余程普段からあらゆる本を読み慣れている方ならともかく、実際のところ、多くの方はそこまで習慣的に本を読んではいません。そういう方にもSFを読んで欲しいと本当に思うなら、一度「SFファンにとっての」名作やオススメから意識を逸らす必要もあるのではないかと感じました。

私が『Hanako』読者向けに挙げるなら、例えば、お笑い芸人であるピースの又吉さんの紹介で一気に増刷が重なったケン・リュウ『紙の動物園』や、SFファン以外からも面白いと大評判だった映画『オデッセイ』の原作A.ウィアー『火星の人』も良いと思うんです。それから長野まゆみさんの短編集は、現代社会が抱えるような問題にも通じる部分があり、女性にもかなり読みやすいと感じます。川上弘美さんの『大きな鳥にさらわれないよう』も良いですし、北野勇作さんのカメでアメリをやってみた短編集『カメリ』も表紙のゆるさからして取っ付きやすいと思います。最近書かれた作品にも面白くて心揺さぶられるSFはたくさんあるんですよね。

私が言うのも恐れ多いのですけど、一旦、「SF入門」からクラーク、ハインライン、アシモフ、ヴォネガット、ディック、プリースト、ブラッドベリ、レム等々、偉大なSF作家を抜いて考えてみるのはどうかと、そんなような気持ちになったのでした。話題作に飛びついたり、ミーハー心でSFを読み始めても、それが次のSFを読むきっかけになってくれたらこれはもう万々歳だなって。とどのつまり…SFはコワクナイヨー!って、私は伝えたいです。


深夜の雑記でした。それでは皆様、おやすみなさいm(__)m



SFコミュニケーション研究会
おもちΩ




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K : 奔放な無意識とのろまな意識


第一回SFインターメディアフェスティバル2015の詳細はコチラ

おはようございます、SFコミュニケーション研究会のKです。


前回投稿した私(K)の記事を母に見せたところ、
「真面目か。私はあんたのそういう一面を知らないんだけど」
と言われてしまいました。なかなか辛辣です。


さて、相変わらず寒いですね。寝起きは布団が恋しくて仕方がない日々です。
そんな朝につい二度寝などしてしまうと、時々、二度寝の間に見たとは思えない程 長い夢を見ることがあります。


先日見た夢では、私は車で子供を轢いてしまいました。幸いにも子供は無傷でしたが、念のため子供を車に乗せて病院へ運ぼうとしたところ、どこからともなく怪しげな男達がやってきて、私の車を取り囲んだのです。当然、私は恐怖に駆られて急いで車の鍵を閉めにかかったのですが…手が思うように動かない。どうにも鈍くて重い動き…。


夢の中でのこういった出来事、ほとんどの方は経験があるのではないでしょうか?何か恐ろしいものに追いかけられている時に足が空回って早く走れないとか、抵抗できないとか。これってなぜなのでしょうね。夢の中でいざ自分をコントロールしようとすると、意識と無意識が摩擦を起こしてしまう…とか?


基本的に夢は、奔放な活動をする「無意識」の独壇場ですし、現実で進む時間の何倍も早く時が流れているはずですから、ここでのろまな「意識」が割り込んできたら、初心者が扱う格闘ゲームのキャラさながら、たどたどしい動きを自分の身で呈してしまうのかもしれません。根拠は全くないのですが。


ちなみに私は、夢でそのような状況に陥った場合に大抵そこが夢であると気づきます。気づいたところで体をうまくコントロールできるわけではないのですが…しかしこれは見方を変えると、夢だと気づいた状態で意識を鍛え上げれば、『マトリックス』のネオがエージェントスミスと張り合ったように、夢に登場する悪漢や怪物と互角に戦えるようになるかもしれませんね!笑


…冗談はさておき、今のところ私が夢の中で実践したことと言えば、相手を罵倒(?) したり、自分に「起きろ、起きろ」と強く念じたりすることくらいでした。無力です。



そういえば…一つだけ今だに惜しいと思っている夢の出来事がありました。

夢の中で友人が放った爆笑必至のギャグが書かれたメモを、現実に持ち帰れなかったことです。起床に向けて薄れ行く意識の中、現実世界にメモを残す方法が分からず ひたすら笑いによる呼吸困難と腹筋の痛みに喘いでいたのでした…。

起床に向けて意識が薄れる、というのも不思議な話ですね。


上記のメモがもしこの場にあったなら、記事の締めくくりとして抱腹絶倒の一文をご提供できたのですが…非常に残念です!


今回の話をSF小話と言うには少し微妙なところですが、悪夢的SF小説、P.K.ディックの『ユービック』に免じて、ここは一つご容赦ください。



SFコミュニケーション研究会 K

K : SFとの出会い

こんばんは、SFコミュニケーション研究会のKです。

いよいよ第一回SFインターメディアフェスティバルの開催に向けて、準備が慌ただしくなって参りました。年明けには、名古屋市内でチラシの配布とチケット販売が始まりますので、はりきってブログ更新も頑張りたいと思います!


というわけで…


突然ですが、SF好きの皆様が、SFを好きになったきっかけは何ですか?

SFと言ってもその幅は広く、SFと定義するのが難しい作品も数多くあることでしょう。もしかしたら、「この作品をきっかけにSFの世界にのめり込んだ」とはっきり覚えているという方は、意外に少ないかもしれませんね。


実は私もよく覚えていません。
ただ、SFというジャンルの幅広さを、初めて目の当たりにした作品のことは覚えています。その作品というのは、今年2014年6月に他界された、ダニエル・キイス氏の著書『アルジャーノンに花束を』です。

この作品に出会うまで、私はSFとは何なのかよく知りませんでしたし、あまり強く興味を持つこともありませんでした。ただぼんやりと、『スターウォーズ』や『マーズアタック』、『猿の惑星』といったものを思い浮かべる程度でしか、SFを認識していなかったのです。

その私が、高校生の時にたまたま『アルジャーノンに花束を』を手に取った時、これも「SF小説」なのかと衝撃を受けたものです。これを読み終えた後、私の頭の中では1週間も消化しきれない思いが悶々と駆け巡っていました。
ただ、同時に私は、この思いに心地よさと、時に心臓が徐々に早鐘を打ち始めるような熱も感じていたのです。

今思えば、それはきっと作品内容への心の疼きというよりも、作品の様々な解釈を考える過程で、自分の中にあった未知の感情や考えに遭遇したことへの興奮だったのではないかと思います。


私は、SF作品の大前提は、全ての作品に共通して、「未知との遭遇」だと考えています。私が大好きなSF作家であり、SF好きの皆様なら誰もがご存知の、スタニスワフ・レムは、「「未知なるもの」との出会いによって、人は、認識の問題、哲学の問題、心理的問題、倫理的問題などを抱えこむことになるはずだ*」と言っています。想像を絶するものに相対したとき、私たち人間は何を思うのでしょうか。抱えこんだ問題は、突き詰めていくと思いもよらなかった自分の発想で打開されることがあります。つまり、「未知なるもの」が引き合わせるのは、「未知なる自分」なのだろうと思うのです。

*「ソラリス—ファンタスティックな物語」より。『ソラリス』(国書刊行会)に収録されている、レムによる『ソラリス』解説です。


自分が知らない自分に出会うことは、とてもワクワクすることです。
この気持ちは、私にとってはたまたまSFがそのような機会を与えてくれたのであって、人によっては全く異なるものになるでしょう。しかし、それが何であれ、日常における様々な場面で「未知なるもの」と遭遇する機会があることを、私はSFコミュニケーション研究会の活動を通して、皆様と一緒に探していきたいと考えています。


さて、今回ご紹介した『アルジャーノンに花束を』のお話は、後日改めて更新される予定なので、どうぞお楽しみに。



あっ…メリークリスマス!でした!




SFコミュニケーション研究会 K
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